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吹き替え?字幕?

私は映画が好きで、映画館へもよく行くし、テレビの映画もよく見る。特に外国映画は、ストーリーを楽しむだれでなく、景色や言葉の響きなど、全く違う世界に入り込むことのできる点がいい。外国映画を見る場合、吹き替えと字幕があるが、私は吹き替えはどうも好きになれない。録画しておいたビデオをわくわくして見始めたら吹き替えだったというような時は、本当にがっかりしてしまう。特に自分の知っている日本人俳優が吹き替えの声をやっているような場合、どうしてもそのイメージが浮かんできて邪魔をする。フランス人の俳優はやはりフランス語で話していないと、映画の世界に浸ることができないのだ。

私は、子供やお年寄りなどをのぞき、ほとんどの人が吹き替えより字幕を好むと思っていたが、必ずしもそうではないらしい。レンタルビデオショップに行くと、大ヒットした映画やコメディーは吹き替え版と字幕版の両方が用意されている。確かに、早口のせりふや、なまり、だじゃれなどの面白み、吹き替えの方が自然に伝わるのかもしれない。

実は字幕は基本的に一行10字、2行までと決められているため、表すことのできる情報量は、せりふの3割程度しかないそうだ。考えてみれば、耳で聞くのと同じスピードで文字を読み取ることはできないし、文字を読むことだけに集中していたのでは、肝心のアクションや俳優の表情など画面を楽しむ余裕がなくなるので、それもしかたがない。せっかくの気の利いた言い回しも、ストーリーの流れをつかむだけの味気ない表現にせざるをえないこともある。

吹き替えなら、原語で話している長さと日本語を合わせなければならないという制約はあるものの、ずっと多くのことを伝えることができる。一つのシーンで複数の人物が話していても大丈夫だ。また、テレビで放映される場合、食事をとりながらでも、ちょっと席を立っても、話が分からなくなったりしない。こうしたことから、午後7時から11時までの番組は主に吹き替えである。

字幕にせよ吹き替えにせよ、単なる翻訳ではない以上、オリジナルをそのまま味わうようにはいかない。例えばフランシスコッポラの「地獄の黙示録」の中にtake care of him with extreme prejudiceというせりふがあるが、日本語では「彼を暗殺せよ」となっている。微妙なニュアンスまでは表しきれない一つの例であろう。しかし一方で、あの「カサブランカ」のワンシーンがこれほど日本で有名になったのは、Here’s looking at you, kid を「君の瞳に乾杯」とした名訳のおかげであろう。私としては、俳優が生の声で字幕の言葉をしゃべっているように感じられる映画が理想的なのだが。。

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